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ダライ・ラマ政治的引退 ポスト14世へ体制強化 後継選び、中国に先手打つ

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(2011年6月29日読売新聞社
編集委員 藤野彰)

インド北部ダラムサラに亡命中のチベット仏教最高指導者、ダライ・ラマ14世(75)が先月、自らの意思と亡命チベット人社会の機関決定に基づき、政治的に引退した。政治権力を亡命政府に移譲することで、ポスト14世に向けた体制を強化するのが狙いだ。

今後は、亡命政府の新首相に選出されたロブサン・センゲ氏(43)ら指導部がダライ・ラマに代わり、政治権力を行使する。これにより、1959年3月のチベット動乱以来半世紀余にわたって中国との間で対立が続くチベット問題は新たな局面を迎える。
ダライ・ラマは歴史的に政教両面の指導者と位置付けられてきた。亡命政府の憲章(憲法)はこれまで「行政権はダライ・ラマに属する」としてきたが、先月の亡命議会で改正され、ダライ・ラマは「チベット及びチベット人民の保護者であり象徴である」と規定された。14世が宗教活動に専念するとの決定は、二つの点で画期的意味を持つ。

第一は、ダライ・ラマ制度の歴史的転換だ。
「観音菩薩の化身」とされるダライ・ラマは代々「転生(生まれ変わり)」によって地位が継承され、5世(1617〜82年)の時から政教両面の権力を握るようになった。今回の決定で、4世以前の純然たる宗教指導者の地位に回帰することになる。
14世は今年3月の引退声明で「君主や宗教指導者による統治は時代遅れだ。我々は民主主義の潮流に従わなければならない」と述べ、5世以来の二元的統治の終結を宣言した。決断の背景には、亡命社会の民主化達成により、一党独裁を続ける中国との体制競争で優位に立つとの戦略がある。

第二は、ポスト14世を巡る中国との駆け引きで先手を打ったことだ。
14世の死去後、中国は国内で独自に「生まれ変わりの子供」を探して15世に指名し、ダライ・ラマ問題の決着を図る可能性が高い。しかし、中国がダライ・ラマにこだわるのは政教両面の指導者という伝統的地位があるからだ。14世が政治引退した以上、中国がダライ・ラマを独自擁立することの戦略的意義は薄まる。
ダライ・ラマ法王日本代表部事務所のラクパ・ツォコ代表は、15世選定について「伝統的な『転生』方式以外に、亡命チベット人による選挙、14世による生前指名なども考えられる」と指摘する。

14世は政治権力から離れることによって後継者問題での選択肢を広げた。仮に14世が存命中に成人僧侶の中から15世を選べば、中国の「後継擁立」の構想は打ち砕かれる。14世は「私が健康で能力があるうちに、しっかりした統治制度を確立する必要がある」と語っており、次の焦点は15世をどう選ぶかに移っている。
一方、中国側は交渉相手を「ダライ・ラマの個人代表」に限定し、亡命政府を認めていない。朱維群・党統一戦線工作部常務副部長は、中国誌「中国西蔵」とのインタビューで「『亡命政府』は分裂主義政治集団。合法性も対話の資格もない」と非難している。

しかし、中国がチベット問題の解決を望むならば、政治主体の亡命政府を無視し続けることは現実的でない。8月に正式就任するセンゲ氏は「独立を求めず、中国の枠内で高度な自治を目指す」という14世の「中道路線」の踏襲を明言している。今、交渉のボールは中国側に投げられており、中国政府に求められているのは真摯な対話姿勢だ。

14世は政治引退したものの、政府や議会に助言する権限を保持しており、その威信はなお極めて高い。14世の存命中に問題解決の方向が見出されなければ、情勢は一段と混迷の度を深める恐れがある。

(掲載にあたり、読売新聞社様より許可を得ております。)

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